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ごめんねアリシア2009

8月から働くことが決まった会社の人事部と事前に電話でやりとりをしていた。
電話の向こうから聞こえる声は、よく見かけるチャキチャキした白人のおねえさん、
というかんじの声。
OK,という声が短く、高い。
必要書類をまとめて提出する日程を決め、電話は終了した。

いざ会社に出向き、受付で彼女が出てくるのを待っていると
ドアの向こうからは体格の良い、ジェニファーハドソンっぽい黒人のおねえさんが出てきた。
この銀行で黒人に会うのは、受付のガードマンやレセプショニストを除いて彼女が初めてだ。
握手のための手を差し出し、名乗ってくれる。
確かに彼女が電話で話した本人のようだった。
そのときは、へぇ、そっか、黒人だったのか、くらいにしか思わなかった。

事務手続きはすぐに終了し、またエレベーターホールのところまで送ってくれた。

なぜだろう、今になって思えば本当になぜそう言ったのか分からない。
それは、前日に息子が夜泣きをしていてあまり眠れなかったせいで
ぼおっとしたままで行ったせいだったのか、
それとも思ったよりも彼女があまりにも淡々と用件を済ませているかんじで
つながりが見えず、ブレイクスルーが欲しかったからなのか、
とにかく、何も考えていなかった。

「電話のかんじでは、思いっきり白人なのかと思った~」

彼女は「あ、あぁ、よく言われるわ、電話では話し方のかんじが違うって」と軽く返事をした。

エレベーターのボタンを押す。

「そうなんだ、でも名前はアリシアだし、不思議だなぁって思ってたの。」

ミュージシャンのアリシア・キーが有名だが、黒人の間では割と人気のある女の子の名前だが
もちろん白人にもある名前だ。

少し彼女の表情が硬直したような気がした。

すぐに握手をさしだし、お会いできて良かったわ、という言葉に私はエレベーターに押し込まれ
彼女と別れた。

エレベーターが下るのをかんじながら、すぐに、まずかったかな、と思った。
寝不足のせいで体が重い。
ビルを出ると、外は雨が降り出していた。


家に戻り、夜のニュースを見ていると、ハーバード大名誉教授が間違えて逮捕されてしまった
事件がとりあげられていた。
アフリカン・アメリカンスタディーズで権威のゲイツ氏は、自宅の鍵を忘れて
裏庭の窓から家に入ろうとしていたところ、強盗と間違えられ逮捕されてしまったのだという。
著名人である彼が、そこは自宅だと主張したにも関わらず
有無を言わさずに手錠をかけられ、犯罪者として写真まで撮られるに至った経緯を
オバマ大統領までが「馬鹿げている」とコメントするまでになり、
警察を「バカ」呼ばわりした大統領のコメントに対して論争が起きている。
それはともかく、Racial Profileと呼ばれるこの手の「人種論争」は
「差別」と「非差別」の微妙なラインを行き来して、それはアメリカ人以外の人にとっては
あまりにも無意味な戦いのようにも見える。

この事件については、ゲイツ氏が黒人であったというところがポイントで
「『黒人』が立派な家の裏庭から室内に入り込もうとしている」という状況を見た際に
とったとっさの行動が、人種差別に基づくものだったと非難が集まっているのだ。
たとえば、それが白人であったなら、本人が自宅だと主張した場合、きちんと裏づけがされ
いくらなんでも突然手錠をかけたりするようなことにはならないだろう、というわけだ。

逮捕をした警官は白人だったわけだが、自分が人種差別をしていたと自覚があったのだろうか。
それは、彼の警官としてのキャリアや経験から導き出された「傾向」だったのかもしれないし
そのような「傾向」すら考えず、とっさに取った警官としてはプロフェッショナリティに欠ける
行動だったと考えるのは、やはり人種問題に甘すぎる考え方だろうか。

そんなニュースを見ながら、自覚的な差別と、無意識の行動が導いた人種的な行動が
差別としてとらえられる微妙なラインについて考えた。
深く考えなくても、今日私が昼間アリシアに言った言葉は、
人種的なもので正しいものでなかったことは簡単に理解できた。

夫に話すと、当然、叱られた。
「キミがしたことは、彼女の教育のバックグラウンドと、一生懸命に働いてきた経験そのものを
侮辱する行動だった。
そもそも、『白人らしい話し方』って何?オバマは『黒人らしく』話していると思う?」

確かに、そうなのだ。
オバマは「黒人らしく」話していないし、アリシアも違った。
それは、無意識の想像であり、予想であり、声や抑揚のつけ方、言葉の選び方から
勝手に私は彼女を白人だと思い込んだのだ。
おそらく、ゲイツ氏を逮捕した警官も。

「思い込み」は経験や知識、傾向の積み重ねから作られるわけだが、
それが「差別」になるのはどこからなのだろう。

夫は続けた。
「そもそも、彼女の名刺を見たとき、僕は彼女がアフリカン・アメリカンだと分かったけど。」
アリシア、という綴りを見て、彼は彼女が黒人だと「分かった」と言う。
けれど、その綴りの名前を持つ白人だっているだろう。
彼だって、人種的な思い込みをしているではないか。

そんな風に手当たりしだいに考えれば、この世の中は人種的な思い込みに溢れている。
バスの運転手は私に「謝謝」と言ってくるし、
この前餃子の作り方を中華スーパーで聞いてきた黒人のおばちゃんに
「私は日本人で日本風の餃子しか知らないけど」と言うと
「(そんな違い)どうでもいいわよ」と言われた。
アジア人の女性が持つ仕事と言えばネイルサロンかマッサージパーラーと思われるし
(NYにたくさんある)
そういえば留学時代は大学のパーティーで
「日本人の女はアメリカ人の男のデカイのが好きだよな」とまで言われたことがあった。
(酔っ払っていたにしてもあれはひどかった。)

でも、適当にやり過ごしてきた。
「謝謝」にはある日、「ありがとう」と切り返し、
餃子のおばちゃんには親切にレシピを教えて「餃子作りたのしんでねー」と言い去り
ネイルサロン云々は無視である。
私にとって、自分が立ち向かう人種的な思い込みや差別は
歴史がない分、むかついてもやり過ごせるものなのかもしれない。

しかし、歴史があり、そこに闘いがあった分、アメリカでの特に白人と黒人の間における
人種的な軋轢はいまだプレッシャーが抜けない。
やり過ごせない、のだ。

結局、アリシアの件は翌日になり人事部のマネージャーから連絡が来てしまった。
今後自分のポジションがクライアントと接することを考えると
もっとセンシティブになる必要があるとのことだ。
当然のことだ。

しかし、アフリカン・アメリカンと結婚までして、
人種として彼らが歩んだ歴史や、いまだ残る社会的な人種問題には
通常よりも知識があり、距離が近いと思っていた分、とても落ち込んだ。

彼女に個人的に謝罪のメールを入れたいと申し入れたが、
人事部はこれは個人的なこととしてはすでに解決しているのでその必要はないとのこと。
ますます落ち込む。

アリシアの心の中に、私の心無い言葉がトゲとして残っちゃったと思う?と夫に聞くと
「Nah, she's been through so much more
and I think she just moved on.」とのこと。

嬉しかったのだ、これから働く会社で初めて「シスター」に会えて。
私の家族は、半分アフリカンアメリカンですよ、というボトムラインがあった。
私はあなたにとって、他の日本人よりもちょっと距離が近いはずですよ、
というメッセージを出したかった。
なのに、結果として、彼女に「また意味のないムカつきを経験しなきゃいけなかった」と
思わせるような言葉を投げかけてしまった。

夫は言う。
「彼女が良い人でよかったよ。他の人ならもっと正面切って啖呵を切られたかもしれない。」
人事部のマネージャーは言う。
「彼女だからまだ良かったけれど、クライアントだったなら問題になっていたかもしれないから。」

はい、はい、と落ち込んだ声で答えながら、恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。

ごめんね、アリシア、傷つける気持ちは全然なかったのです。

Hope it doesn't stay in your heart.
by akikogood | 2009-07-26 12:08 | アメリカ、エスニシティー
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