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アメリカの車窓から

NYCまで通勤していた頃は、たまに電車も使っていたが、この辺の電車から見える風景ほどもの哀しいものはない。
打ち捨てられた工場や、スクラップされた車の山が延々と続く。ニューアーク空港の周辺なんて、牢獄まで見えて、 たまに囚人たちがバスケットボールをしたりしてるのまで見える。ニュージャージーだけではなく、東海岸はコネクチカットの海岸沿い一部を除くほとんどの地域で、車窓から見えるのはそんな風景ばかりだ。

人種により居住地が明確に区分されているのはアメリカではよくあることだが、大抵そんな寂れた土地に見えるのはアフリカ系ばかりで、アメリカのリアルを見る。

日本では、近日一般公開になった長崎半島の先にある軍艦島が連日大賑わいだというほど、廃墟は一種魅力的な存在で、そこに見るものはかつてはたくさんの人が出入りし栄えていたろう建物の持つ記憶と、ノスタルジーなのだろう。土地の狭い日本には、廃墟をそのままにしておくなどという土地的余裕はなく、常にスクラップ&ビルトが繰り返され、久しぶりに東京を訪れてみると、見たこともないビルがぼんぼん建っているという状態になっている。

一方、西部開拓を基盤に発展してきたアメリカは、常に動きながら発展するスタンスで、使えなくなったものはそのままそこに残して、前に進もうや的なある種前向きな放棄と、広大な土地に甘える恐ろしいほどに大きな浪費で国力を伸ばしてきた。どうやら、今線路沿いに残っている残骸だけになった工場の大多数は、1940年代頃に作られた製鉄所などで、ところどころ建物の外壁には「国のために貢献しています」とか書かれた看板があったりする。現在はハイウェイを使ってのトラック輸送が主になったアメリカも、当時の主要な輸送手段は鉄道だったことを考えると、鉄道沿いに工場を建設するのは合理的だったのだろう。
ところが、グローバリゼーションに伴い工場での仕事がぼんぼん海外にアウトソーシングされ始めると、もはやアメリカに建ててしまった工場は単なる鉄の塊となってしまった。それを再び更地にして、転売するためには汚染された土壌を除去して、などと考えると、どう考えたって建っちゃった建物そのままにしておくのが一番コストがかからない。土地だってこんなに余っているし、その土地使わないなら、きれいにしてとは誰も言わない。

そうして人が去った廃墟は、グラフィティ・・・まぁ平たく言えばただの落書き、にまみれて、ドラッグディーラーとホームレスにとっては最適な場所になり、犯罪が頻発するようになり・・・というサイクルがうまれる。おそらくかつては工場員たちとその家族で活気に溢れていただろうコミュニティはすっかり廃り、不動産価値が下がったところで、移民やアフリカ系が押し寄せて、新たなコミュニティが形成されてきたのだろう、と想像した。

それにしても、ひどい様相である。
ワシントンDCとフィラデルフィアの間にあるボルチモアという海沿いの町は、独立軍がイギリス戦艦に勝利を収めて、アメリカ国歌が創られたという歴史ある街だが、なんと、家のほとんどが焼失している。なぜか?これは、経済に困窮した住民が、火事で災害保険をおろそうと自ら放火するケースが後を絶たないからだという。自分の家を焼け落とす。これは、ゲトーでは良く見る風景で、ミシェル・オバマなどが育ったシカゴのコミュニティもこんな状態の家がたくさんあった。初めてその事実を知ったときはショックだった。
アメリカ独立の歴史を誇る街も、今ではこんな有様。

トレントンはニュージャージーの州都でありながら、御用がないならなるべく行きたくない街ナンバーワン。立派なのは官庁だけで、その周辺のコミュニティは驚くほどに治安が悪い。そのトレントンも、ウィキペディアによると、1800年代後半から1900年代初頭にかけてはゴム製品、鋼鉄、セラミック製品の製造の要であった。現在、電車から見えるちょっと哀しいスローガン“Trenton Makes, The World Takes”(トレントンが作り、世界が使う)はその当時の興隆を想わせる。結局、他の工業地帯と同じく、1960年代から70年代にかけて、生産業・工業がアメリカ全域で大幅に後退すると、トレントンも寂れた。
かつては、イタリア系、ハンガリー系、そしてユダヤ系がマジョリティを占めた人種構成も、60年代を境に大幅に変化し、現在ではトレントン人口の52%がアフリカ系。そして中間世帯所得は31K≒300万円未満、人口の20%が法定貧困レベル(平均的な生活水準を保つための最低年収基準、連邦政府の設定した貧困ライン)を下回り、生活保護受給対象である。
調べなくとも、ボルチモアやフィラデルフィアのダウンタウンなど、車窓から見える範囲のコミュニティが、トレントンと同じ歴史的経緯を辿り、現在どんな様相をなしているかは右へ倣え状態で同じだろうことは見当がつくだろう。

驚くのは、この辺の比較的土地価格が安い郊外のみならず、現在価値できちんと清算すれば、結構な不動産価値になるのでは?というような立地にまで、古い工場が打ち捨てられていることだ。
ニューヨークはマンハッタンからフェリーに乗って対岸にあるニュージャージー側に行こうとすると、そこに立ち並ぶのは今風の都会的なデザインのコンドミニアムや綺麗に整えられた公園などだが、そこにも突然、某有名会社のマークをデカデカと残したままの捨てられた工場が見える。この会社は、今でもアメリカで大手の砂糖製造会社なのだが、あんな状態を前に、例えば最近新しくできたコンドに引っ越してきた住民たちや、マンハッタンサイドから景色を眺める人々は、「景観を損ねる」とか日本では良く耳にするような文句を言ったりしないのだろうか?それとも、むしろ、そんな現代風に変化してきた周辺の風景の中で、未だにノスタルジーを誘うその建物の存在は、人々をなんだかちょっと慰めるような存在なのだろうか?
それは、例えばお台場に突如打ち捨てられたなんとか製菓の工場が現れるようなものなのだけど、なんとなーく、ニューヨークの雰囲気には似合わないことも、ない。

話が逸れたが、電車に乗るたびに想うのは、そんな車窓から見える景色の中の昔と今だ。

なんとか、コミュニティを向上させるような、土地再利用案はないのだろうか?
アメリカは、こんな風に、いらなくなったらそのまま捨てる、を繰り返しで、これからもやっていけると想っているのだろうか?
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by akikogood | 2010-07-13 11:25 | アメリカ、エスニシティー
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