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ゆりかごの唄

平日は、夫が他州に出張に行っていて息子と二人で朝、夜を迎える生活にも慣れてきた。

今日いつものように会社から帰ってきて、どたばたと夜ごはん、お風呂、本読みを終えて
寝かしつけのとき、なんとなく息子が生まれたすぐ後に、
日本から母が送ってくれた日本の童謡のCDを久しぶりに流した。

このCDはそのジャケットからして結構レトロ感が漂う、なんとなく全体的にもの哀しいかんじがする
古典的日本の童謡集で、「月の砂漠」や「てるてる坊主」、「七つの子」なんかが入っている。
しかも、インドネシアルピアでRP45,000とのジャカルタの某デパートの値札シールがついている。


自分も親になって2年が経ったし、つい最近また一つ年を重ねた。

親の辿ってきた軌跡や、そこでの苦労やお父さん、お母さんとしてではなくて
彼、彼女として思った気持ちや、我慢してきたことなんかが、ずっと分かるようになって
そんなことも知らず、よくも自分はここまで年を重ねてきたもんだと思う。


息子は日に日に大きくなり、お腹にいた頃から私がずっと話しかけていた日本語は
あまり話せず、デイケアで先生たちから話しかけてもらう英語での語彙力が
毎日少しずつ伸びている。
覚悟はしていたけれど、実際目の当たりにすると、結構寂しい。

それでも、産まれたときから歌ってあげている「ゆりかごの唄」を
毎晩聞きたがって、眠くなると「ねんね ねんね」と歌って欲しいとせがむ。

それで、このちょっと古くさいCDから流れてくるもの哀しいけれど
懐かしい女性の歌声と一緒に、ねんねこ ねんねこ ねんねこよ と歌ってあげていると
知らないうちに困るほど泣けてきて、眠りに落ちそうな息子を起こさないように泣いた。

まだ赤土の上をヤギが走り回り、雨上がりの巨大な水溜りの中を子どもたちが裸で遊んでいた
1980年代後半のインドネシアで私たちを育てた若かった両親のことや、
ジャカルタのデパートで、このCDを見つけて思わず手に取った母の気持ち、
2年前に生まれたときの小さな小さな新生児の息子の姿や
今日、デイケアから帰ってきて、抱っこしてと甘えてきた表情、
ぜんぶが子守唄に重なって、涙が止まらず、もう眠ってしまった息子の横顔を見つめて
小さい指を握りながら、しばらく泣いていた。

家の近くにある駅からは電車が、汽車のような汽笛を鳴らして走ってゆくのが聞こえて
日本や、幼かった自分を守ってくれた両親や、小さかった頃のやわらかい自分の記憶が
恐ろしく遠くに感じられて、守るものを前に、異国で、もっと強くならないといけないと思った。
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by akikogood | 2010-10-06 10:04

インディペンデント・ウーマン・・・じゃなかった

少し前に、「新旧インディペンデント・ウーマン論」というエントリで、1920年代からタイムズスクエアには売春で商売をする「インディペンデント・ウーマン先駆け」がおったということを題材に、今の日本ではそんなタイムズスクエア的状況が起きていて、何故か夜のお仕事が女子たちのあこがれの職業NO1だと書いた。
そのときの問いかけは、それはプロフェッショナルな分野で女性が進出しにくいからなのか、あるいはそれが21世紀型サービス業「自分オリジナルブランド」を確立する最短の道だからなのか、という二つだったが、今回の事件でふと思った。
そんな小難しいことじゃなく、単純に、「貧困が若い女性の間に広まってきている」からじゃないのか。
簡単に、何の職業背景もなく、若さと美貌を売りにお金が得られるのが、夜の仕事だからじゃないのか。
特に、子ども抱えて生きていかないといけなかったら、倫理も何もない、お金が必要だ。

一昔前なら、世間体や家族の保守性が守ってくれたのかもしれないけれど、今じゃ誰も気に留めない。
一度踏み込んだら、やはりお金はいいだろうから、そう簡単にその辺のアルバイトじゃ満足できる額を稼げない。そうしてどんどん転がり落ちる。

そして、恐ろしいことに、この貧困層に転がり落ちる可能性を秘めているのは、学歴やキャリアがない若い女の子たちだけではない、という点だ。
ちきりんさんのブログに重複するが、条件は三つだけ。

① 子どもがいる
② 家族のサポートがない
③ それまで自分の収入で生活していない

それまでの生活背景も、学歴やキャリアも、年齢も関係ない。
この3つの条件に当てはまれば、誰でもそこに転がり落ちる可能性がある、という点が怖い。
①子どもがいて、②アメリカで生活している=実家支援なし ③仕事しているとはいえ夫の収入が断然メイン
の我が家はばっちり条件に当てはまるので、考え出すと夜も眠れない。
何かあったらどうやって暮らしてゆこうか・・・

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以前は、ジェンダー論についてどーたらこーたら難しく考えたりはしなかった。

でも、出産を経てすごく女性の立場について感じることが増えたと思う。
もちろん、人ひとりこの世に送り出すというその行為と、その後子どもを実際に育てるという責任のインパクトはそれだけで間違いなく人生を大きくギアチェンジするものなんだけど、もっと「浅はか」なところ・・・
表面的な体の変化や、周囲からどう見られてるかとか、命の誕生に比べりゃ結構どーでもいいところに、自分を測るものさしというか、自己自信(セルフ・エスティーム)の変化を見た気がする。
例えば妊娠9ヶ月の間に10キロ以上太って、それが産後一晩にして8キロ減るとか、
妊婦服とか、授乳服とか、もちろん体型の変化とか・・・。
妊娠する前の自分のアイデンティティと、妊娠中のアイデンティティと、出産後のアイデンティティと
その三つはなんかもー別人かと思うほど違うような気がする。
本人も別人みたいなアイデンティティの間で戸惑ってるけど、実際周囲も、その変化を潜り抜ける当人を見る目がすごく変わるし。
要するに、女性は妊娠・出産を通じて肉体的・精神的変化を通り抜ける っていう単純なボトムラインなんだけどさ。

そこへもって、社会的な役割も加わってきて、「娘」とか「女の子」とか呼ばれていた個体が、「妊婦」になって、「お母さん」になるわけで、それぞれの単語の上に想像するビジュアルって、大分違うよね?

でも、恐ろしいことに、妊娠・出産って9ヶ月あればゼロから小指の爪が作られるところまで完了する。
「娘」「女の子」が19歳で
「妊婦」は30歳で
「お母さん」は35歳なわけではなく、
これ全部、19歳の間に通り抜けることができるわけなのだ。

だからこそ、そんな光速並のスピードで変化する自己アイデンティティや社会的期待に乗り遅れるのはむしろ当然で、きっと古くから、女の人は生まれてきた赤ちゃんと、周りでサポートしてくれる人たちの中でゆっくり、お母さんになる精神的準備をできたのだと思う。でも、今は流れがもっと速いし、サポートしてくれる人もあまりいない。全部自分で、その劇的な変化についていって、新しいやり方を決めて、新しい自分を向き合わないといけない。
しかも新しい命を目の前にして。
これは、結構大変なことだと思う。

昔は良くも悪くも、女性にそんなに多くを社会は求めなかった。
おそらく、私たちの母親世代は、社会からのプレッシャーを感じずに専業主婦・専業子育てをできた最後の世代なんじゃないかな。私が小学生の頃はまだ「24時間闘えますか」の言葉もなんとなく生きていたし、実際父は常に仕事だった。高度成長期の尻尾がまだ残っている頃は、まぁどのお家もお父さんはお仕事でいなくて、お母さんがお家のことをする、という方程式で答えがそれなりにまとまっていたのだと思う。
生まれてこのかた、好景気なるものを経験したことがない私たち世代は、子どもの頃からなーんとなく、世の中っつーのはよくわかんないけど、ひっくり返りそうなリスクをはらんでいるから、それに備えて勉強しろ、しっかりしろ、と叩き込まれて育ったせいか、常に不穏だ。

んで、そんな不穏な社会でしっかりサバイブしようと仕事マンに徹すると、今度はやれ少子化だー女性は子どもを持ってこそ幸せだー高齢になると産めなくなるわよ 等々ノイズも聞こえるし。
じゃぁしっかり家庭を持って、子どもたちを一生懸命育てる側に潔く立ってみると、超優良企業勤務のはずの旦那がレイオフされる、と。
じゃぁ私も働くわ、と求人広告を眺めると、面白いほど子持ちの女性を採用するフルタイムポジションって存在しないと。

なんなんだと。

意味わかんないわよ。

これじゃーどこに私のアイデンティティ安心して置いたらええのか、わけわからんわよ。

妊娠・出産はたった9ヶ月なんですってば。

「20年必死こいてお勉強してきても、一人産んだら全部パー。努力した意味ない」

は早稲田大学政経学部出身のお友達の声だが、これが全てを物語ってる。
だから、産みたくない。出産の向こう側って、あんまり楽しそうなことないよね。。。苦労はしそうだけど。。。というのが日本の女性の本音なんじゃないかな。

かといって、育児放棄をして子どもを殺した人をかばうつもりは毛頭ないが、
ニュースの続報で彼女がミクシィに自分の夏をエンジョイしている写真を大量にアップして
プロフィール欄に「やり直しました。せっかく女に生まれたんだもん」と自己紹介を書いていたと読んで
あぁ、母親アイデンティティから逃げて娘に戻りたかったんだなと思った。
(あああー書いててもムカっ腹が立ってくるけど・・・そんな瞬間誰にでもあるわい!!だからといってそんなことするなんて本当に信じられない。ハムラビ法典適用してほしい。)

この事件は、なんか、ただ虐待という事件性だけではなくて、今日本や世界で置かれている女性の脆弱な立場が露呈されたような気がして、頭から離れない。

日本の貧困層に落ちる若い女性たちを救わないと、日本はまた発展途上国みたいに、女子特別教育が必要になってくるかもしれない。第三世界だろうと、経済大国だろうと、プロフェッションを持っていない女性が最悪の場合に売るものは一つ。
そして、そんな「最悪の事態」がもっと普通の人たちの間に、頻繁に起こり得るようになっている世の中。
プロフェッショナル分野での女性進出を、とかはもはや別次元。
どうしたら、女性が安心して子どもを産んで、最悪自分一人でも育てられるようになるか、真剣に考えて実行していかないと、これからもクラッシュの末、健全なお母さん精神がどこかへ行ってしまう「未熟母」は増えるだろうし、子どもたちが犠牲になる状況は続くと思う。
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by akikogood | 2010-08-06 11:51

忘れないこと

子どもはかわいいくて、愛さずにはいられない

それは前提のように思えるし、動物だって自然に行う先天的な行為のはずなのだけど、

実際は、そういう環境をつくって、実際に可愛がって愛さずにはいられない状況を作るのは

保護者の責任で、それにはすごく人為的な努力が必要で、そんな愛情が湧き続けるというのは

後天的な所為なのかもしれない。

そんなことに気付きもせずに、気付かないままでよい状況で子どもを愛せるのは
それだけでとても幸せな生活を送っている証拠なんだろう。

人間は弱いから。
簡単に崩れるし、崩れた瓦礫が子どもの上に落ちるようなことにだけはなりたくない。


だから今持っているものを大事にしよう。

夫婦を、

精神と肉体の健康を、

家の基盤を作るものを。



改めて思う。

大事にしよう。
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by akikogood | 2010-08-03 12:18

ちきりんの日記 抜粋

以下ちきりんさんのブログを抜粋。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/comment?date=20100801#c

ビューアーのコメントも参照してみてください。




2010-08-01 誰が何をネグレクト?
あなたは、

あなたの奥さんは

あなたの娘さんは、

20代で結婚して、子供を2人産んで、離婚したら、母子で自活できますか?



母親が売れっ子歌手やトップ女優でもないかぎり自活は無理でしょ。本人の資質や努力、やる気なんて関係ありません。どんなに能力、やる気があっても幼児2人抱えて自活できる20代の女性なんてほぼ皆無です。ホストクラブに通ってたとか言われてるけど、ホストクラブに通わず必死で働いてたら、食べていけたと思います?



20代で結婚して出産した人が離婚したら、自動的に“誰かが支援する必要”があるってことでしょ。

支援するのは誰?

・別れた夫(慰謝料、養育費)

・実家の親

・公的福祉(生活保護)

でしょうか。現実的には、別れた夫(夫も若いでしょうし)が自分の生活費に加え“母子3名の生活費”を払い続けるのも、このご時世では苦しいでしょう。



つまり、20代で結婚、出産した女性が離婚した場合、

(1)本人がトップ女優や歌手で高額収入がある

(2)別れた夫に相当の稼ぎがあり、母子3名の生活費を何年にもわたって払い続けられる

(3)実家の親が助ける

で、ないかぎりは、

(4)生活保護で食べていく

しか、母子に生きる道はありません。



だったら、市役所で離婚届けを受け付ける時に、

・母親がトップ女優や歌手ではなく、

・父親が支払うと約束した額と現実的な支払い見通しが不十分で、

・実家に、生活を支援する財力と予定があると確認できなければ、

「では、このまま生活保護課に行って、手続きしていってくださいね」と、離婚届けを受理する係の人が、離婚届けと引き替えに生活保護申請書を渡しながら言う必要があるんじゃないの?



違うのかな・・



「育てられないのに産むなんて無責任」という人は、20代で結婚&出産をしちゃダメだと言ってるの?

“離婚する可能性”は誰にでもあるでしょ。“離婚しても自活できる経済力を付けてから子供産め”ってこと?それが責任ある態度だというの?それいったい何歳くらいのこと?40歳くらい??何歳まで働いたら“離婚しても子供2人養える経済力”なんてつくの?

少子化対策ってのは、できるだけ早めにたくさん子供産みましょうね、っていう政策なんじゃないの?そのために特命大臣まで任命したりしてんじゃないの?



★★★



記録のための事件概要

・2006年12月、女性は19才で、大学生だった男性と結婚

・2007年5月、20才で第一子(長女)を出産。夫の実家で同居(後に近隣のアパートに転居)

・夫は大学をやめて工場で期間工として働き始める。

・2008年10月、2人目(長男)を出産

・2009年5月 離婚。女性は子供を引き取り、名古屋に出て飲食店(託児所付)で働きながら育てる。

・2010年の1月 大阪の風俗店(ヘルス)で働き始め、店が用意したアパートに入居

・3月頃から育児放棄開始か。ホストクラブで遊ぶなどし外泊を繰り返す。

・夜中に子供の悲鳴が聞こえ、児童虐待ホットラインへの通報が相次ぐ。職員、警察も訪問するが、母親に会えず。

・6月に子供(当時3才と1才)を放置して家を出る。

・7月上旬、元夫に「仕事しながら子育てするのはしんどい」と相談(未確認)

・家には戻らず、妹の家などを転々。

・大阪市西区のマンションでは、置き去りにされた幼児2人が遺体で発見される。

・7月30日 勤務先の社員から呼び出されて現れたところを、死体遺棄容疑で逮捕。

(今日時点で報道されている範囲でのまとめです。)



★★★



“ネグレクト”の意味は、怠慢とか、責務の放棄という意味だと思うのだけど、



この事件では、誰が何をネグレクトしたの?

A) 母親が育児をネグレクト

B) 父親が養育をネグレクト

C) 行政が国民保護をネグレクト



★★★



この女性が第一子を生んだ2007年、年末のブログより転載

2007-12-30 08:23:42

とうとう2007年もあと残すところ2日ですよ。

私、この2007年はいろんなことがありました。

まず、5月8日にハタチになったこと。

なんか嬉しいような少し悲しいような。



少女でもなく、大人でもない10代後半はほんとに

あっという間だったけど、私の人生の中で

何かが変わった瞬間だった気がするもん。

10代ではなく、20代ってすこし悲しいかも…



そしてハタチになって1週間後、

待望の娘を出産。

10ヶ月の妊娠期間は本当に本当につらいものでした。

でもそれと同時にだんだん大きくなるおなか、

私はひとりじゃないんだと、思わせてくれた小さな命。

わが子に対面したときは、言葉にならないほど嬉しかった。

大好きな旦那との子供、私の子供、こんなに可愛いものだと

思ってもいませんでした。



そして、期間従業員であった旦那が

難問と言われる正社員試験に合格しました!!

私のひとつ上(今年21歳)になった旦那は

私が妊娠した当時、現役の大学生。

妊娠したことを報告したとき、彼は

「大学をやめて、働いてく。結婚しよう」

と言ってくれました。



その時は嬉しかった。

でも毎日大変そうな旦那の姿を見ていると

「これでよかったのかな」と思う日々。

ところが精一杯勉強して試験に合格した日

すごく喜んでいる彼を見て

なんとなく安心していた私。ありがとう。



そして先週の結婚式。

順番は違いますが先週だったんです。

挙げさせてくれたお父さん、旦那の両親に

本当に感謝でいっぱい。

そして祝福してくれた家族、親戚、友達、

そのほかにもた~くさん。



本当に本当にありがとうございました。




少子化対策もいいけど、既に生まれている命も、もうちょっと真剣に保護したらどうかな、うちの国。



2人の子供さんのご冥福をお祈りします。
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by akikogood | 2010-08-02 12:09

大阪の事件について

そりゃもちろん、感情面に訴えて、
「そんなのありえない。どうしたらそんなことできるのか分からない」と言えるのは、
自分が幸せな人間だということだ。

不自由なく生活できる基盤と、協力的なパートナーと、何かあったときには助けてくれる日本にある実家と、健康と、友達と、仕事まである。

23歳で、学歴もキャリアもなく、妊娠して、結婚して、離婚することになったらどうするか。


最悪の事態で、子どもと自分だけになったとき、どうやって生きてゆくかを、自分で決められるような経済的なキャパシティがないなら子どもは持たないほうがいいですよ、というスタンスの限り、日本で若い女性に子ども産め産めいうのは無理があると思う。
今、東京で働いている私の友達や妹たちは、英語で言ったらリアルに"working their aXX off"ってかんじに働いてるわけで。そんな状況から、はい子どもできました、仕事と両立します、経済レベルは前のままで、って大企業だって無理でしょ。どうしたって、勤務時間を減らすのか、子どもといる時間を減らすのかっていう選択になる。
大企業でベネフィットが良ければ、キャリアの維持は十分可能だけど、スパっと辞める人もたくさんいるし、ましてや中小企業に勤めてて、ベネフィットもなくて、働いたら養育費がかさんで赤字になるなら、仕事を辞めるってのはかなり普通の選択だよね。
それで離婚とか死別とか、何かあったら、仕事見つけられません、支援もありません、どうやって生きていきますか? っていうのが問題の辿るコースなんだろうなぁ。
やっぱり、「ドロップアウトした人」っていうコース分けが色んなところで壁を作っているのかなぁ。
日本で子どもできてから就職活動するときって子どもの有無を伝えたりするのが普通と聞いたけど
それってアメリカではあり得ないよな・・・

でも、ぶっちゃけ、総合職で銀行に入った瞬間に、これ、家族持ってからもずーっとこの企業文化の中で勤め続けるの、無理だ、ととっさに悟った。働き続けるって、制度も大事だけど、文化や雰囲気も制度と同じくらいに大切だと思う。子どもできても働き続けられるフトント職は皆無なかんじだった。残業するかしないかとか、上の顔色うかがうかとか、そんな些細なことがキャリア持続の可否を分けるのかも。
でもそういや、同期の男の子で、次の年に総合職入行が決まっている新卒の女の子を妊娠させて、結婚した子がいたな。結局彼女のほうは、確か入行と同時に育休とって、とかそんなかんじだったかな?それってもしかして最強のパターン?会社のほうは妊娠したからといって内定取り消すわけにもいかないし、その子たちは、若手の頃から、子どもがいながらして二人とも総合職、という環境が当たり前なのでキャリア継続も自然とできそう。どうなっただろう?

それにしても、母親と子どものみで世間に放り出される状態になった場合、年収300万台だったら、貧困ラインギリギリで政府の補助もらって暮らす、あるいは実家に戻る(後者が普通だろう)
勝間和代クオートで「インディペンデントな女性=620万稼ぐ」としても家賃払って、保育費払って、を一人で子ども成人するまでするキワどいライン。勝間さん自身離婚してるけど、彼女だって高額の収入を維持するために深夜まで働いて、結局実家の母親が娘たちを育てたようなもんだって、どこかで言っていた。
実家の母がいなかったら・・・?
ベビーシッター制が発達していない日本では、女性が620万以上の収入を一人で稼いで子ども育てるのは、至難の業だと思う。それでも、これからは620万以上ラインを取って常に実家が育てるか、母子家庭貧困ラインを取るのか、の狭間でもがく家庭はたくさん出てくる。

亡くなった子どもたちのことを考えると、浮かんでくるビジュアルが強すぎて、あまり焦点を合わせないようにする3Dみたいにしてるんだけど、やっぱり、問題の色が濃くて、ブログにあげてみました・・・

おかしいよね・・・周りの人たち、もっといくらでも声かけられたはずなのに。

悲しいです。
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by akikogood | 2010-08-02 12:06

もしも願いが叶うなら

普段はその文字をヘッドラインに見ると、嫌悪感が先にたって報道の内容を読もうとしない。
テレビをつけてニュースを見ていても、その単語が出るとチャンネルを変えてしまう。

でも、大抵その事実をヘッドラインで見てしまったことは、
エクセルのセルのようにデリートできず、そのまま目の中になんとなく残るし、
同じように、アナウンサーがその単語を言ったときの険しい顔なんかが、
チャンネルを変えても残像に残っている。

「虐待」

そうやって、見なかったフリをしても、
なんだか最近はその見出しを見ないことのほうが珍しいくらいだ。
そうして、今回の事件も会社でデスクランチ中にニュースを見ていたら目の中に飛び込んできた。
見過ごそうとしても、そこに「餓死」という信じ難い単語がついていて、
強いショックで思わず内容を読んだ。

亡くなった5歳の男の子は発見当時体重が6キロだったというところまで読んで、
目の前にあるランチに全く食欲がなくなり、心臓がどきどきして息ができなくなった。

私は知っている。
6キロという数字は、健康な子どもの生後何ヶ月の基準体重か。
息子が3ヶ月のときに6キロだったことをはっきり覚えている。
私は3ヶ月の息子を、今見ると笑ってしまうくらい小さい抱っこ布(スリング)に入れて、
周りの人がにこにこする中を照れくさく、誇らしく、歩いていた。
それが、私の知っている6キロだ。
それは決して、5歳の男の子のものではない。


アメリカのここ、ニュージャージーでは親が恐れる機関がある。
その名はDYFS (Division of Youth and Family Services)。
その名を虐待をしていない親も気にするのは、
この機関が独立した幼児童・青少年の保護能力のための権力を持ち、
虐待が疑わしいとされると躊躇なく介入する能力を持っているからだ。
子どもを保護し、虐待が確認されればあっという間に
親権を奪うという一連のスキームを確立させているこの機関に、
第三者から通報されれば、とりあえず保護の名目の下、子どもは保護者から引き離される。
これと同じような児童保護機関が、アメリカには各州に存在している。

たとえば、息子の通うデイケアは、
閉園時間の7時を15分過ぎても親か代理人が迎えにこないと、
DYFSに通報することが規定となっているし、
同様の規定がどの保育施設のパンフレットにも必ず盛り込まれている。
病院や教育機関はそれぞれ独自にDYFSと提携し、
保護者の仲介がなくても虐待が疑わしいと即刻通報する。

ちょっとだけ、と5分10分家や車内に子どもを残し買い物に出かけても、
大抵の州で、子どもが12歳以下であればその行為は虐待とみなされて、
保護者は逮捕の対象となるし、幼稚園や学校では、
子どもが昨日はなかった傷をどこかにつくって登校してくると先生がしつこく、
いつどこでどのようにその傷ができたか聞いてくる。

日本でこうした痛ましい虐待の事件が起きるたびに、
行政はどうしていたのか、なぜ介入がなかったのかが問われ、
責任をたらいまわしにして結局子どもが亡くなった後の報道で、
近所の人が声を詰まらせながら泣き声を聞いただの、
何かがぶつかる音を聞いただの言っている。
なんでそんなことになるのか。
いい加減にしろっ!とショックを超えてじたばた暴れて怒りたくなる。 


農耕民族で、一つの土地にじーちゃんばーちゃんから、
昨日生まれた赤ん坊まで一緒に暮らすことが家族構成の基だった日本は、
21世紀に入り、その家族の形態がこれだけ様変わりしても、
「まず家族ありき」のコンセプトがある。
そして、その「家族」とは基本的に「血のつながった父母と子ども」
で構成されていることが大前提で、この形態を保っていれば、
それがどんな状態であろうと、それがいちばん良し、という概念から抜け出せない。

当然、子どもに恵まれないカップルやシングルの女性OR男性が
養子を引き取るようなことに対しては、まだまだ社会はオープンではないし、
日曜にふらふら町に出れば、ゲイのカップルがストローラーを押したり、
肌の色が違う子どもと母親が遊んでいるような場面に一度は出くわすような
アメリカの社会風景は大きく異なる。

晩婚化が進み、女性の初産平均年齢がどんどん上がっている今だからこそ、
日本だってもっと自由な形態の家族のかたちを受け入れれば、
もっとハッピーになれる家族が増えるんではないかと思う。
そもそもみんな日本人なんだしさ、
養子っていってもアメリカほど外見からじゃわかんないじゃん、
とか思ってしまうアメリカンな自分がいる。

それはさておき、そうやってようやく結婚した晩婚カップルが、
よーし資金の蓄えもあるし、キッチリ大人の婚活もしたからリレーションシップも安定してるし、
といざ子どもを作ろうとしてもなかなかできず、
高額の投資と、無限の肉体的、精神的苦痛を味わいながら不妊治療を行っている横で、
何故か連日報道される、幼児虐待ニュース。
どうよ、このアンビバレンス。


ところで、そもそも、大不況のイギリスから、
どうにかこうにか食いつなごうと、命からがら海を渡って、
西へ西へ富を追求しながら移動したアメリカ人は、
先祖代々の墓に入るのが人生安終の姿と思っている日本人とは
もう根本から全然家族の概念が違う。
そこに、アフリカから奴隷やら、メキシコやアジアや、
世界方々から移民が押し寄せて、
そこらじゅうでDNAのメルティングポットがぐつぐつ煮立ってるわけなので、
結婚も離婚もバンバンする。

「できちゃった婚」は日本らしい日本語だと夫が言っていたが、
アメリカにはんなもんない。
もちろん、妊娠を機に、結婚に踏み切るカップルはアメリカにもいるが、
できちゃったろうが、結婚しないほうがいいと思えば結婚せず、
そのまま出産するケースのほうが多いかもしれない。
できちゃったから結婚する、という発想は、
やっぱりそこに「父・母・子」=「家族」という方程式が強く存在している
日本らしい言葉だというわけだ。

こんなバラバラの国なので、バラバラである個人に対する権利や、
まず何があっても自分でしょ、という意識がアメリカでは普遍的だ。
よく日曜のお説教でも牧師さんが「
あなたの父や母があなたにどれだけ酷いことをしたとしてもだ!!
それはあなたには関係はないのだ!!!
まずあなたがあなたために、目覚めればよいのだ!!!」みたいなことを説いている。
家族のプレッシャーが強い割りに、日本ではあまり聞かないお説教じゃぁありませんか?

で、そのバラバラの個人のための権利は、
もちろん子どもにも適用されるからこそ、子どもの権利や、
子どもの人権といった概念がアメリカではもっと普通に、
実現されているようだ。

日米の法律と、家庭の関係について面白い概念の違いがあった。
日本では、「法は家庭に介入せず」なのに対して、
アメリカでは「法はドアの前に立ち止まらず」なのだという。
夫婦喧嘩をして、おまわりさんがやってきて、
「ま~ま~ま~ま~」とやるのが日本流で、
COPが「どちらかが相手に危害を加えたか?その傷はどうやってできたのか?」
とやるのがアメリカ流というわけだ。
DVについての反応にも同じことが言えるのだろうけど、
こうして日本では、せっかく誰かが通報しても保護者がドアを開けて
「今子どもは寝てるんで」と言えば児童保護施設や警察は介入しないケースがほとんどだという。
これまでに、強制介入した例は過去たった2件、
それも異臭がしたなどの特例だったという。
異臭がしてるって、もう手遅れもいいところではないか。


一方で、DYFSがこんなにも権力を持ったアメリカの経緯にも
勿論凄惨な虐待の事件が続出した背景がある。
特に、アメリカでは家庭内で性的暴力にあう子どもの数が日本に比較して格段に多い。
DYFSによって、命を失うかもしれないという最悪の状態は回避できたとしても、
その後、もう二度と実の親と暮らすことのできない子どもたちが辿る成長過程は
決してなだらかなものではないだろう。
家庭を破壊することはできても、
決して修繕することはできないDYFSについて批判もあるし、
家庭崩壊から来るトータルの社会コストについても議論の余地はありそうだ。

それでも、現状の日本の法律では、
ただその家に生まれたというだけで、惨い死に方をする子どもたちを救えなさすぎる。

殺人罪は「殺害する意思があった」者にだけ科されるので、
「しつけ」の一環で「殺す意思はなかった」保護者や、
「精神脆弱状態」であった保護者については、
19世紀の拷問よりも酷い方法で、我が子を死に至らしめたとしても
障害致死罪か何かが科されるのがほとんどのケースだという。
親しか身を守ってあげる人はいないのに、親が殺しちゃ、本当に誰もいない。


何もできないので、見つけたオンライン署名に署名をしてみた。
効果があるのかは分からないけど、何かせずにはいられない気持ち。
http://www.maylibridshope.syarasoujyu.com/
もう、本当に、本当に、こんな事件が少しでもなくなりますように。
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by akikogood | 2010-04-13 12:44

Change is within you

これまで災害があっても、悲惨な状況をテレビで見て同情だけはしてみても
何もアクションを自主的にとったことがなかったけれど
自分に子どもが生まれてようやく、ユニセフに募金をした。
思い立ったが吉日とは、過去の話、
今じゃ思い立ったが一瞬、オンラインであっという間。

っていっても、その日たまたま通勤途中に聞いていたマイケルジャクソンが
Man in the Mirrorという歌の中で、変化を起こさないと、って何度も言っていたから。

「冷たい冬の風に お気に入りのコートの襟を立てる
でも、心にはその冷たさが吹き抜ける
道端にいる食べ物のない子どもたちを
見てみぬフリするこの自分は誰?
彼らが求めるものを、見ないフリをする・・・

だから変わるんだ
鏡に映るこの姿から変化を起こすんだ
もしも世界により良い変化を求めるなら
まずは自分の姿を見つめて、そこから変化を起こすんだ」
(Michael Jackson "Man in the Mirror")

まだ学生だった頃は、もっと自分には大きな影響や広い範囲で生きることができると思っていた。
若かったし、挫折も知らなかったし、自信過剰だったし。
20代も後半になって、家族をつくって守るものができて、リアルに大人の世界で
大人の責任をしょわないといけなくなった自分は、自分と家族の毎日の生活を保つことで精一杯、
かつての夢だった国際協力や人道支援なぞ、異次元のような日々。
けれど、家族をもったからこそ分かる、日々が何事もなく終わることができる平安、
衣食住を供給することができるという平和を、当時平和学なんかの授業からは
到底学べなかったほどの実感で尊く感じる。

もともと、カリブ諸国の中でも貧困のレベルが著しかったハイチは
そういえば子どもの奴隷問題で有名ではなかっただろうか。

今回の災害で、またきっと多くの子どもが親を失い、
復興後も孤児として過酷な人生が待っているのかと想像すると
どうしたって世界は不平等で、命は決して平等ではないのだなと涙がでる。

冬の寒さをしのげ、子どもたちにお腹いっぱい食べさせることができる
こちら側の世界に、なんらかの偶然で生まれることができた私たちが
ハイチにできることはただ一つ、
募金を。

蛇足ですが、米国在住者には募金は税金控除の対象になるので
明細のプリントアウトを忘れずに!笑 

if you wanna make the world a better place,
take a look at yourself and make a change



UNICEF経由での募金はこちら



Dear Friend,

Words fail: up to two million children are at risk in Haiti right now.

Separated from their families. Trapped under rubble. Countless newly orphaned. Desperate.

Every moment matters: donate NOW and 100% of every dollar to the U.S. Fund for UNICEF will go directly to fund child-saving relief efforts in Haiti.

We can save these children. I say this because I've seen your generosity and I've seen UNICEF's response. Less than 48 hours ago, UNICEF delivered to Port-au-Prince:

10,000 tarpaulins
4,600 water containers
5.5 million water purification tablets
556,000 oral rehydration sachets
These supplies are bringing critical relief to up to 10,000 families. An additional 20,000 families will receive similar supplies momentarily. But it's not enough and these two million children are relying completely on international relief.

Please give now: every gift will save a life, and 100% of your donation will go directly to UNICEF to support relief efforts.

Children in Haiti have nowhere to go. No homes, no hospitals, no government aid centers. There is literally nothing beyond what you and I and the rest of the relief community can provide.

Yes, delivering relief into the country has been exceedingly difficult. Yes, logistics and communications have taken time.

But this means nothing in the face of these children who need us. We will do whatever it takes to save these children, no matter how difficult, how seemingly impossible.

Please, help us save more lives.
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by akikogood | 2010-01-16 09:35