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新旧インディペンデントウーマン論

再び転職を決めた関係で、久しぶりに時間が取れたので長い間読みかけだった本を開いている。
友人が薦めてくれた高祖岩三郎著の『ニューヨーク烈伝-闘う世界民衆の都市空間』はニューヨークの行政による不動産開発と、そこに対立する市民たちの都市空間を巡る争いを描く。
ちょうど、42丁目のポートオーソリティバスターミナルから、ミッドタウンにあるオフィスまでの通勤路を8ヶ月間辿った自分としては、タイムズスクエア開発について触れる章はとても興味深い。

よく知られているとおり、タイムズスクエアが現在のように、大企業オフィスや、ミュージカルシアターの並ぶ観光地となったのは、前NY州知事ジュリアーニ氏が、売春やポルノ露店が軒を連ねていた当時の42丁目界隈を性道徳と治安向上の為という理由で大々的に開発を促進してからである。

それまでのタイムズスクエア周辺は、東京で言えば歌舞伎町、大阪で言えば新世界/通天閣と比較できるような、「下卑ていて同時に独特の味がある場所であった」らしい。

今ではその頃の面影は、8アベニューの数ブロックに残るばかりとなった小さなアダルトショップやビデオショップに見るのみとなったが、当時は男娼や娼婦が立ちんぼで客引きをしていたのは有名な話だ。

そんなRed Light Districtであっったタイムズスクエアを、「AIDSの伝播を減少させる」「売春行為を減少させる」ために、新たなゾーニング(地域制)を発動し、地上げによって開発したものの、実際に失われたのは売春ビジネスそのものの数ではなく、そこに自然的に存在していた都市の持つ多種多様性であったり、その人種・商業の種類の多様性の中に生まれる公共の自由であったと著者は批判する。

著者はNYがその懐に抱える人種や階級、ジェンダーの多様性について追及しているが、その中で売春ビジネスとフェミニストたちの関係について、面白い視点を提供していた。

ニューヨークは、多種多様なビジネスを、多種多様な人々が生み出す自由を持っているという意味で、最も女性にとって独立して生きる基盤を与える都市だといえるかもしれないが、女性のCEOが男性CEOたちよりも多い報酬をもらいはじめたのはつい最近のこと。著者によると、タイムズスクエア界隈に多くあった売春ビジネスは、1900年代初頭、初めて女性たちに針子としての職業以外の選択肢を与えた究極の「インディペンデント・ウーマン」のためのビジネスであったという。

もちろん、売春につきものの、肉体的・精神的な犠牲は避けて通ることはできなかっただろう。しかし、彼女たちはそれらを承知で、まず「選んで」それらのビジネスに入ってゆき、サービス提供者として自分が行ったことについて対価を得ていた。そのこと自体が、当時、女性とは家庭に入り、従順な妻となり、模範的な母となるべきという社会的価値観から外れていた。彼女たちは、自分たちで得た報酬で家族を養い、華美な洋服を買い、自由に街を闊歩し、客を呼び込むために家庭外の出来事に多くアンテナを張った。男性たちは、そんな彼女たちを家庭内では得られないような肉体的歓びと、知的な会話を行う相手として買う一方で、自分たちに服従しない「穢れた」存在だと扱ったが、彼女たちには、当時多くの女性が得られなかったもの、つまり経済的・社会的規範の鎖から自由だった。

売春には、どうしても暗いイメージが先に立っていたので、タイムズスクエアでの売春ビジネスと、フェミニズム論をくっつけて論じていた著者の視点に、おもしろいなぁと関心をそそられた。
現代では、どうしても売春はより貧困にリンクが深くあるので、こんなに明るくフェミニズムの視点から売春を見るのは難しいかもしれないが、それもニューヨークのタイムズスクエアという場所柄のマジックかもしれない。あの街は、誰しもが「選んで」やって来て、好きなことをして成功した人が一番偉いと相場が決まっている。例えそれが、売春婦でも、それで一番稼げて、ニューヨーク一の有名なコールガールになれば、それはそれで大成功だというスタンスが明るくネオンの下に横たわっているからなのかもしれない。

ところで、最近東京で働く友達が「キャバ嬢とかホステスが最近の若い女の子のなりたい職業ナンバーワンの日本ってどうよ?」とメールでぼやいている。そういえば、最近、そういう夜のお仕事や水商売と呼ばれる類の仕事は、その存在感を明るく増してきているような気がする。耳の不自由なホステスの女性が書いた著作『筆談ホステス』は大ヒットしたらしいし、最近も新宿歌舞伎町でホステスやキャバクラ嬢が、賃金改善や労働環境の改善を求めて大規模にデモをしたとニュースに出ていた。キャバ嬢ホットラインなどもできて、「もう泣き寝入りしません!」とキャバ嬢たちが息巻いている様子が新聞に出ていた。

タイムズスクエアで、女性たちが針子以外で、針子以上に稼げる手段として男性を相手にしてビジネスを始めたのはもう100年ほど前で、当時から比較してアメリカにおける女性の社会進出は凄まじいものがある。一方で、女性がある程度満足できる収入を、相応の時間で稼ぐことのできる仕事は日本でどのくらい開かれているだろう。

『フラット化される世界』でトーマスフリードマンは、21世紀の「フラットな世界」では、新しいブルーカラー層が誕生すると説いていた。国境や、文化の違いも超えて、フラットな世界で職を維持することのできるホワイトカラー層についで、フラット化された世界でのブルーカラー層とは、きわめてローカルな範囲で、自らの名前を広げて、自分だけのオリジナルなサービスを提供して付加価値から対価を得る人々のことだという。例えば、広い広いスタジアムの中、数多くいるレモネード売り子の中でも一味違う工夫をこらして、そのスタジアムに来るたびに客が必ずその売り子を指名する、それは成功したサービスプロバイダーだと彼は言う。

グローバリズムと、情報化が本格的に進行して、世界は彼が予言したとおり「フラット化」されてきていると言えるかもしれない。どれだけの人が、大量の仕事がインドや中国、発展途上国にアウトソーシングされるフラットになった世界で、独自のオリジナリティーを生かして、自分だけの仕事につかまってゆく能力を持っているだろう?

そもそも、英語話者が極端に少なく、その上未だ「女の子だから」とフラットな世界で独立して生きてゆく術と能力を身につける機会が他の発展国の女性に比較して顕著に少ない日本の女性たちにとって、キャバクラで働くことというのは、フリードマンが説いていた新しい21世紀の地域密着型サービスを提供しつつ、自分の付加価値を高めるという究極の自分ブランド確立の術なのか、あるいは、その現状とは他に女性にとってそれ相応に稼げる仕事がないという、タイムズスクエアの100年前の状況から進歩がないということなのか?

それにしても、女性が働くということは、100年前にタイムズスクエアで売春しようが、今年ハーバードビジネススクールを卒業して一流企業に勤めようが、その対価はある程度同じものなのだと気付いてハッとさせられた。
自分で稼ぐ女性たちは、今も昔も、その報酬で家族を養い、華美な(というのはきっと、スリットの入ったタイとスカートとか、パンストとか、そんな女性の仕事服全般のことなのだと考えた)服を買い、自由に街を闊歩し、家庭外の出来事に多くアンテナを張る。そこに生まれるフェミニンさやセクシュアリティは、きっと家庭の中だけでは維持できないものもあって、そんな働く女性たちを見る男性の視点も、実は当時から大して変わらず、彼らにとって彼女たちとは、やはり今もある程度は服従させることのできない「穢れた」存在なのかもしれない。

今、働く女性の根底にあるもの、それは100年前タイムズスクエアの売春婦たちの中に流れていたものと同じものなのだなと思い、自分をしげしげと見つめてしまった。
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by akikogood | 2010-06-12 07:21 | ニューヨーク

ハイテクアメリカ

最近、通勤バスの中が明るい。
雰囲気ではなく、実際に視野が明るい。
その光源はそこここにちらつく蛍たち。
色々な肌色の親指が小さな画面を操り、音を気にしないアメリカらしく、音質が極めて良い着信メロディーが時折静かなバス内で鳴り響く。しかもそれがなぜか90年代のギャルもびっくりなテクノ着メロだったりするから苦笑いするしかない。
つまり、そう、ついにアメリカも蛍族の国になってしまったのだ。
あっちでチカチカ、こっちでチカチカ、暗いバス車内で明るい蛍が飛び回る。

かつて、日本で電車に乗ると、親指で必死に小さな携帯のボタンを押しまくり画面を無言で眺める日本人に圧巻され、なんかニホンってコワイんだよねと大抵のガイジンたちは思ったものだった。(多分)

それが、時は経ち、2010年、ついこの間までワントーンの携帯を持って、テキストなんかしなかったアメリカ人たちの頭上にも、ようやく3G携帯が光臨した。
蛍族は私がエレベーターで、バスで、スタバでふと見渡したときにぎょっとするほど多く、
アメリカ国内で生息域を広げてきている。

AT&TからはI phone, VerizonからはDroid,
今年の末までにはVerizonにI phoneの契約がシェアされるらしいので、
これからますます3G携帯はアメリカで広がるだろう。
いやぁ、その美しいこと。
もう画面も明るくてね、サクサク動くしね、縦にしても横にしてもいいしね、どんなウェブページも見られるし、というわけで、おとといくらいまでウォークマンを使っていたローテクアメリカ人たちも、
次世代携帯の虜である。

って思っているのは本人だけで、バスで隣に座った日にゃぁ画面が美しすぎて、迷惑。
まぶしいんだよ!そんなに画面縦に横に振らんでもええやないかおっさん!と突っつきたくなる。
せめて着信だけでもバイブにしてください。
あなたのヒップホップな着信聞きたくないの、とはとても言えないおとなしい日本人の私。

よく見かけるのはIphoneアプリでNYタイムスのワードパズルしてる人たち、あとSUDOKUとか。
ああいうの見ると、アメリカ人だねぇと思う。
なんでそこまでワードパズル好き!?エレベーターの中でしたいほど好き?!

さておき、これに加えて、電子読書端末も確実にユーザー層を厚くしている。
アマゾンから出ているkindleに対抗して先日appleがIpadをリリースした。
発表当初は、pad=女性の生理ナプキンという名づけの悪さのせいで、
そのうちItamponまで発売されるのかとからかわれ、
Iphoneほどマーケットへのインパクトはないのではと懸念されていたが、
滑り出しはどうやら好調のよう。
NYCにはそこらじゅうにシンプルなI padの広告が張り出されて、
派手派手なマーケティング広告に溢れるNYCの中でも目を惹く。

携帯も、MP3プレイヤーも、あんなにハイテク度で先を行ってた日本のメーカーなのに、
どうしてガラパゴス諸島化してしまって外国ではシェアを伸ばせないのか、ちょっと残念に思う。
最近読んだ記事の中に、
日本の20代のうち40%は次世代携帯を必要だと感じないとのデータがあった。
アメリカではこんなにも若者のユーザーを増やしている次世代携帯なのに
何故日本の若者の間では人気がいまいちなのか。
それは、おそらくほとんどの携帯ユーザーが、
サービスの幅が既に十分に広い日本の携帯電話に満足しているからなのだろう。
次世代携帯は接続料や端末の単価も高いし、もう今持っている写メールも、
絵文字もかわいい携帯で十分と感じているユーザーを一定数獲得している日本の携帯電話市場には、
思うように食い込めない様子の次世代携帯合戦、今後どう変化がでるか?

とそんなこと言っている自分は、I phoneもkindleも持っていなく、ださださ携帯のままで、
日本で使っていたauの可愛くて、赤外線受信できて、パスモもできて、
時刻表調べられる携帯が無性に恋しいのだが。
早くVerizonにI phoneがこないかなぁ~
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by akikogood | 2010-04-19 20:24 | ニューヨーク

エナジースポットと秘密の抜け道

マンハッタンで働き始めて3ヶ月が過ぎた。
激変した生活のサイクルに慣れてはきたものの、毎日は時間に追いたてられるように過ぎてゆく。会社から自分のメールアカウントにアクセスできないため、メールチェックもできない毎日で、これではいかんと一念発起して小さなラップトップを買って、無駄に長いバス通勤の時間を有効活用することにした。ようやくこれでブログも更新することができる。

毎日バス停から会社まで、競歩選手のようにものすごいスピードで歩く通勤ルートだ。途中にはカメラ片手に上空を見上げる観光客であふれるタイムズスクエアがある。小さな子供もいるから、競歩選手的に一番の難所である。バス停も会社もミッドタウンにあるが、ブロック数にして10ブロック以上。歩きやすい碁盤の目のマンハッタンでも、ゆっくり歩くと20分かかるところを、どうにか短縮できないかといろんなルートを試した。

そのうちに、道を歩くのではなく、ビルの中を抜けるという裏技を編み出した。
マンハッタンの大抵のビルはブロックごとに建っていて、中にはストリートからストリートに出入り口がつながっているものがある。そんなビルをいくつか見つけて、知らないビルのロビーを突っ切って反対側のストリートに出る。ビル内は観光客も小さな子どもたちもいなから、スピードを落とすことなく歩ける。こりゃーいい。
続いて編み出した裏技は、抜け道を探すこと。

マンハッタンの街を歩く面白さは、一歩ごとに変わる景色を楽しむことだと思うけれど、これは犠牲にしなければならない。ビルとビルの間には、地味に一般開放された抜け道がある。これはビルの持ち主に管理されているものなので、ビルでできたトンネルのような、何の面白みもない本当の抜け道なのだが、これをいくつか知っていると、さらにスピードアップして歩けることがわかった。

ビル突っ切り方法といい、抜け道通過といい、もちろんそんなルートをたどるのは、A地点からB地点にただただ早く行きたいニューヨーカーだけで、通る時間も毎日ほぼ一定してくると顔ぶれまでそろってくる。
いつものように、突っ切りビルに入ろうと、重い重い回転ドアを一生懸命押すと、後ろからここのところ毎朝顔を合わせるおっさんが、にっこり扉を押してくれた。偶然同じ会社だったものだから、エレベーターまで一緒になって「秘密の抜け道を知ってるね」とにんまりされた。
彼は34丁目のペンステーションから歩いてくるのだという。見れば足元はお決まりのスニーカーだ。

そうして、マンハッタンで働いているという実感さえないまま、とにかく競歩な毎日だが、
朝は少し余裕がある。
1時間ちょっとの通勤バスから降りて、まだ会社にさえ着いていないのにすでに疲れているように思っても、まだ人がまばらなタイムズスクエアまで歩き、元気に光る電光看板の方へ胸を張って歩くと、その日一日分のパワーが沸いてくる。Good Morning Americaの収録に群がる人々や、昨日もすれ違った日本人の駐在員に違いないお兄さん、そして鳩たちとすれ違って、47丁目ホテルの角を曲がると、すぐそこはホテルのリネンを洗うランドリールームの裏らしく、ふわっと温かい良い香りに一瞬包まれる。すぐ前から歩いてくるお姉さんに、「ねぇ、このにおい、すっごく良いにおいだよね!?」と思わず話しかけたくなるくらいだけど、さすがにしない。
そうして、抜け道を通って、出版社のビルのロビーを突っ切ると、オフィスのあるビルに着く。

あっという間に一日が終わると、また抜け道を通り、観光客とヤンキースのジャケットを着た人々であふれる目抜き通りを避けて、走るのか歩くのかわからない速度で、バスターミナルを目指す。
途中あるブロードウェイの輝きも、たくさんのアイリッシュパブも、次々に新しくできる店も、ただただ競歩の横を過ぎ去る光景なのだけど、こうして毎日を繰り返して、ものすごく自分を使ってるかんじがある。
自分のためだけではなく、誰かのためにも働いて、その重みから逃げたくなるときもあるけれど、そんなときはタイムズスクエアの魔法が助けてくれる。
この街で、こうして働くことが夢だったんだと、その夢を今生きているんだと、ちょっと疲れたときはあのド派手な看板たちが思い出させてくれる。

だから、明日も歩く。朝のタイムズスクエアを。
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by akikogood | 2009-11-13 08:55 | ニューヨーク

ウォールストリートの戦士たち

そんなわけで、ワーキングマザーとして就活を始めたわけだが、
結局金融業界に留まることにした。
景気も悪いし、子どもを預けて働くとなるとそれなりの収入がなければいけないわけで
せっかく1年も無職(無色)期間があり、自分が真っ白になった状態で本当にやりたいことを
突き詰めてみる良い機会だったけれど、もう独り身でもないからしょうがない。
金融も幅広くあるから、きっとやってみたら楽しいポジションが見つかるに違いない!
と前向きに行くことにした。

というわけで、今日ようやく、ウォールストリートをスーツを着て歩いた。
これまでにもイチ観光客として、ただの通りすがりの人として、タラタラした私服で
何度も訪れたことのあるウォールストリートだが、
スーツを着て歩くとなんと見える景色の違うことか。
シャツとスーツは、いわゆる戦闘服で、それらに身を包むと、
RPGみたいに突然周囲にわんさと敵が出現する・・・ような気分になった。

いやもう、そこらじゅう肉食系の兵士だらけ。
オレ獣追ってるぜぃっちゅーオーラをむんむん出して、
自分は強いですっちゅーセックスアピールを高そうなカフスリングやピカピカの靴に込めまくり
その格好に、なぜかアルマーニかグッチのサングラスしてる金融兵士が
そこらじゅうを闊歩していて
いやぁ~~~~狩場だね、あそこは。
夫が「アメリカのキャリアウーマンたちは、男性になってしまっている」
と言っていた意味もようやくわかる。
現実に、目の前を男性のスーツを着て、男性の靴を履いて歩いている女性がいた。
レズビアンなのか、戦闘服アップグレードバージョンか。

本当にここはレイオフの嵐が吹き荒れている、アメリカの金融市場なのかと目を疑う光景だった。
ほんの5ブロックくらいの間に、ストリート沿いには
ティファニー、TUMI、会員制スパ、BMWの店が並ぶ。
今でこそ少ないかもしれないけれど、きっと景気が良かった頃は仕事帰りに
「あっ、そうだ今日はあの車でも買おっかな、自分へのご褒美w」
なんてノリでお買い物を楽しんだ人がそれなりにいたのか。

お昼少し前に入ったカフェは、マーケットの合間に
ランチをピックアップしにくる金融人たちで大混雑だった。
あたしゃ、アメリカ生活の中であんなに白人だけに囲まれた経験はないねっちゅーほど、白人が
マジョリティーで、しかも美しい白人ばかりで、そんな中エセウォールストリート東洋人の私は
サンドウィッチを頼むだけで緊張してしまった。

認めます。

実際、皆さん、相当、
カッコイイ。

あ~あんなピカピカな人々はニュージャージーではまず見ないし
(だってまず平均体重+20キロ)
っていうか、NYの他の区域でもあんな集団で見ないし。

GSのIDタグをつけて、談笑しあいながらランチを取っている
上品な顔立ちの白人の若い男女3名。
もうそこには、そこで完璧に成立している世界観がある。
そんな完璧な世界観を眺める私のまなざしは、戦後の日本が米軍を通して夢見た
アメリカへのまなざし並だ。
お~この人たちからサンドウィッチは生まれたのか。。。
彼らが持っていると同じサンドウィッチでも上品に見える。。。
やっぱ日本人は米と茶碗が似合うよね。。。
お~ギブミーチョコレート、ギブミーガム。
日本や海外なぞ彼らにとっては知識やバケーションの行き先であっても、
生活の一部になることは決してないだろう。
このウォールストリートの前線で働いていて、何一つ乱れの無い存在感がある。
同じ金融で働こうとも、彼らと同じような世界観の中で私が働くことはまずないだろう・・・

などなど思いをめぐらせていると、超ガイジンな気分になり、孤独が募るが
彼らには彼らが直面しなければならないシビアな現実があるはずだ。
その上品な笑顔の下にも、
レイオフされ夜に泣いた涙が隠れているのかいボーイズアンドガールズ。

そんな想像をめぐらせていると、面接の時間が迫ってきたので
ニューヨーク風に持参した袋からガサガサとヒールの革靴を取り出して履く。

オフィスのビルを見つけて、受付でサインインしていると、お昼を食べ終わったらしい
人たちが戻ってくる。
あれ、高尾山から降りてきたのかしらという出で立ちのおばちゃんを発見。
らくだの股引みたいな色のズボンと、茶色いTシャツ?とスニーカー・・・
もしや日本から遊びに来ている親戚のおばちゃんをオフィスに招待したのか?

とか思ってたら、その人バリバリのフロント(しかもIvy league MBAホルダー)で面接官だった・・・


あぁニューヨーク・・・・
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by akikogood | 2009-07-08 10:09 | ニューヨーク

マイケルの額縁

いきなり、マイケルジャクソンが死んじゃったかと思ったら
NYはオバマが大統領候補になったときと同じように
突然街中にマイケルの顔がデデーンとプリントされたTシャツを着た人にあふれ
9・11直後にツインタワーから飛び降りる人の写真が売られるのをみて
私が大ショックを受けたアメリカの至上資本主義は、
なんだかんだ超健在じゃんっていうかんじである。

マイケル~ マイケル~
マイケルといえば~~~~

皆さんどんな思い出がありますか?

私の初マイケル体験は、忘れもしない小学校3年生、
インドネシアから日本に帰ってきた最初の年、
日本の小学校での運動会での3年生全体の踊りがなんと「Bad」だった・・・
とりあえず私の脳みそには、あの「Bad」のイントロとともに、
振り付け担当だったキタカゼ先生の怒鳴り声と
「そこでクルクル」「タララでターン!」などの声が鮮明にインプットされる。
当時インドネシアにマイケルがどのくらい影響を及ぼしていたのかは定かではない。
インドネシアで大ブームだったのは、何人だか分からんマイケルよりも日本の「おしん」だった。
そんな世界のポップカルチャーからも思いっきり発展途上国からの帰国子女に
マイケルは意味不明以外のなんでもなく、ただただ運動会の曲だったが、
ロンドン帰りのユカちゃんのお宅にはちゃんとマイケルの
ベストアルバムがあったので、一緒にお家で運動会に向けて練習した覚えがある。

マイケルとの再びの出会いは中学2年生となる。
インドネシアに二度目の駐在として舞い戻ったばかりの頃だが、転入して早々に
「日イ友好キャンプ」なるものが実施された。
夜にキャンプファイヤーを囲んでインドネシア、日本両方の生徒たちが手を取り合い
友情を語り合う美しい場面が展開されるはずで、そのバックグラウンドがマイケルの
「We Are The World」だった。
まぁ実際はインドネシアも日本も中学生なんちゅーもんは
何組の〇〇くんはどの子の隣なんだろうとか
△△ちゃんが夕方告白するらしいとか、そんなことに夢中で、交流も何もないんだが
それでもやっぱり、制服と部活しかなかった日本のモノカラー中学校から、
自由なジャカルタの日本人学校に転入したばかりだった私は、新しい友達に囲まれて
英語の歌を歌って、
これから新しく始まる生活に恐ろしいくらい幸せな予感を抱いて、興奮していた。

私のマイケルの額縁は、こんなかんじだ。

私の夫のマイケル額縁はこうだ。
MBAの締めくくりとして、プログラムの一環で日本の企業に1年間のインターンをしていた頃
新宿の近くに住んでいた彼は、毎晩窓のところでHuman Natureを聞いていた。
If this town was just an apple, then let me take a biteという例の詩は
案外ニューヨークじゃなくて新宿でも似合う。
意味不明な日本企業の決まりや厳しい規律にヒーヒーいいながら、
お店に来るじーちゃんばーちゃんに可愛がられ、
「あのお店のガイジンさんの店員」になっていたうちの夫は毎晩マイケルを聞いて
アメリカを恋しがっていたに違いない。かわいい。

こうして、毎晩音楽チャンネルでマイケルのビデオクリップが
エンドレスに流れ続けるアメリカのリビングルームでは
どれだけの人たちが自分の「マイケル額縁」をアルバムを開くように語り合っていることだろう。

特に洋楽を聴かない人でも、いつの間にか額縁が出来上がっているほどのマイケルのインパクト。

彼のその強く弾むような音楽は、本当に大陸や時空を超えて
人種も年齢も国籍も関係なく、たくさんの人にスペシャルな額縁を残した。

彼が目指したものは、きっと色や国境に囚われない、本当に自由なものに違いない。
それは、哀しいかな彼が亡くなってようやく本当に自由になったような気がする。
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by akikogood | 2009-07-03 13:48 | ニューヨーク

マンハッタン隠れ書蔵庫- ブックオフ

ニューヨークの42丁目と6アベニューにあるブライアントパークは
ミッドタウンにある数少ないオアシスで、タイムズスクエアから2ブロックしか離れていないとは
信じがたいような気持ちよさだ。
そのブライアントパークのすぐ裏に、実はブックオフがある。
古本チェーン店として日本でおなじみのブックオフだが、NY店に先日初めて足を踏み入れた。
決して広くはない店舗で、しかも日本語の本のコーナーは地下だ。
あまり期待をしないで入ったのだが・・・
これなんと大当たり!!!

すぐ近くには最近新装開店した紀伊国屋がドドーンと立派にお店を構えていて
こちらは当たり前だが全て新しい本が揃えてあり、日本の本屋と変わらない様子だが、
その紀伊国屋と比べてみても、実はほとんどの本の価格が半額以下のブックオフのほうが
揃えてある本のクオリティが明らかに高い!
特にビジネス、金融、そしてアメリカ・NY関連の本のコーナーはなかなか日本の本屋でも
お目にかかれないほどの充実ぶり。
もちろん新作の小説や雑誌も置いてある。

どうしたこっちゃいと思うが、きっとここに本を売りに来る人たちは
日本人の駐在員がほとんどなのだろう。彼らが読んだMBAからCPAの本はもちろん、
日本で一生懸命買い揃えてきただろうNY本、アメリカ本が山と積んである。
NYに駐在となるくらいだから、そら~気合入れて勉強した人たちが多いだろうし
気合入れてNY下調べしただろうし、そんな方たちの素晴らしい財産がここに集結しているわけです。

古本屋なので検索システムがなくて、自分で棚をかきわけて本を探さないとならないが
それもまた楽し。

マンハッタンの隠れた書蔵庫であります。

お立ち寄りの際は是非、隣の千代田寿司でお寿司でもテイクアウトして、
出会えた運命の一冊と共に、ブライアントパークの緑色のベンチにでも座って
優雅な時間をお過ごしください。
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by akikogood | 2009-06-29 12:56 | ニューヨーク

Hotel Grace

あれから7年。

2月のニューヨークにしては、信じられないくらい暖かい夜だった。
友達と久しぶりにドレスアップをして軽い足取りでミッドタウンを歩く。
パーティーにはまだ時間がある。

どうして、何かが始まる前の時間はこんなにみずみずしいんだろう。

隣を歩く友人とも、ちょうど足掛け7年の付き合いになった。
一緒に歩く背景は、大学の銀杏並木や、学祭で売られるやきそばの香りだったりしたのに
今ではお互い新しい家族を持って
こうしてミッドタウンの人波をかきわけて歩きながら
アメリカでの生活の喜怒哀楽を語る。

珍しく履いたヒールの足が痛んできたところでパーティーのあるホテルに着いた。

どこだろうと探してたどり着いたわりには、タイムズスクエアのすぐ裏だ。
こんなところにホテルがあったとは気がつかなかった。
それも当然、どうやら出来たばかりの新しい香りが漂う建物に
二人でちょっとはしゃぎながら入る。

たくさんの人が集まる場所の雰囲気は久しぶりで、
なんだかちょっと気恥ずかしい。
二人でもじもじして、次第に混んで来るラウンジの空気に
お酒も飲まないまま酔っていた。

「ねぇ、このホテルの3軒隣くらいにね、ものすごく小さいホステルがあるの。
さっき入ってくるときに気がついたんだけどね。
私、初めてニューヨークに来たとき、そこに泊まったよ。」

一部屋に二段ベッドだけが2個あるような小さい部屋で、
やたらアイルランドとかイギリスからの貧乏学生が多く
ニューヨークにいるのに彼らが話しまくるイギリス英語ばっかり聞いていた。

猫の額ほどの裏庭からは、古い教会の茶色い屋根だけが切り取った空の中に見えた。

レセプションのトニーはゲイで、ダサい外見の男の子には意地悪だったけど
私には親切だった。

それで、トニーに小さい部屋の鍵をもらって、雨でも晴れでも
とにかくストリートに飛び出して、マンハッタンを縦に横に、ひたすら歩いて
それだけで体中の毛穴が開くくらい興奮していた。

それで、思ったんだ。
いつかこの街に住むと。

7年かけて、マンハッタンに住んではいないけどその思いは、まぁまぁ本当になって
あの頃は予想だにしなかった色んな出会いがあって
またこの場所に戻ってきた。

あの頃のような興奮はもうもちろんなく、
世界のどこに住もうと、ただその土地に住む人が共通に営む生活を
元からここに住んでいましたというような顔をして、淡々と送っている。

でも、時々ふと振り返ったときに、マンハッタンの摩天楼が当たり前に見えたり
エンパイアステイトビルの明かりが、七色に変化してゆくのを四季と共に眺めたりすると
あぁ、ここに来たんだ、
ここに来たかったんだ、と思う。

その気持ちは、毎日顔を合わせて、忙しく会社に行っては帰ってくる夫を
ふと眺めたときの気持ちに似ているかもしれない。

そこまでクルリと色々考えて、ラウンジのソファにもたれていたら
家でベビーシッターをしてくれている夫がどうしているのか気になって
電話をしていたら、案の定後ろからは泣き声がする。

あぁ、やっぱり早く帰ろうかなぁ。

そんなことを心の隅っこで思いながら、
でも特別今夜だけ、と綺麗に化粧をしてきた友達の横顔を眺めて
こういうの、いいなと思った。
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by akikogood | 2009-02-12 02:25 | ニューヨーク

靴磨きのプライド

寒い寒い午後、ダウンタウンを歩いていたら
靴のかかとが取れたのに気が付いた。
それと同時に、目の前に靴磨き屋さんがあるのを発見。
靴磨き屋さんにはかかと直しがあると相場が決まっている。
なんという都合の良い偶然。
さっそく飛び込む。

マンハッタンにはいたるところに靴磨き屋さんがあって、
大抵ラティーノの人たちが、スーツをビシっと着込んだお客さんたちの靴を
一生懸命に磨いている。

駅を出た辺りとかに椅子がデーンと置いてあって、
新聞なんかを読んでいるお客さんの足元に
かがみ込むようにしてキュッキュと靴を磨いている。

昔は代表的な黒人の仕事と考えられていた靴磨きも
最近ではもっぱらラティーノの人たちに取って代わったようだ。

私が入った店は、フィナンシャルセンターの中に入っていたので
昼休みを早めにとっているような金融マンたちが
ウォールストリートジャーナルやi podを片手に次々と椅子に座る。

ラティーノの男たちは、たまに仲間とスペイン語で少しだけ言葉をかわしながらも
淡々と目の前の靴を磨く。

その手際のよい事。

投げ出された足の先にある革靴たちは、瞬く間にツヤツヤと光りだして
新品のような色を取り戻す。

そんな様子を、自分の靴のかかとが直る間、黙って見つめていた。

そして、気が付いた。

ラティーノの彼らの足元の靴が、ツヤツヤであることに。

毎日自分の前に投げ出される靴よりも、ずっと安い半分ゴム製の靴なのだろうけど、
丁寧に磨かれたその靴で、今日もそうして黙々と誰かの靴を一日磨いて
家に帰ったら、奥さんや息子なんか、家族の靴も磨いてあげるのかな。
そうして、そのラティーノの靴磨き屋さんの家族の靴は
みんなピカピカなんじゃないだろうか。

そんな想像をしてみて、なんだかちょっと幸せな気分になった。

そうしているうちに、直った靴ができて
また新しい音を鳴らすかかとで、冬のストリートに出た。
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by akikogood | 2009-02-11 13:48 | ニューヨーク

ピンクリボンカップケーキ

10月は乳がんキャンペーン月。
先日もセントラルパークで最大規模のBreast Cancer Walkが行われた。
歩いて募金を集うというピンクな集まり。
参加しようと思っていたけれど、風が強くて赤ちゃんを連れてゆくのはかわいそうなので断念。

久しぶりにマンハッタンに出たら、かわいらしいベーカリーを発見。
そこのカップケーキにもピンクリボン・・・

あっちもこっちもピンクリボン・・・

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by akikogood | 2008-10-23 10:28 | ニューヨーク

New World -The East Meets The West

日曜日、産後初めてシティに出た。
日本にいる友人の粋な計らいで、カーネギーホールで
バイオリニスト川井郁子さんのコンサートにいけることになったのだ。

久しぶりにシティに出たら、当たり前だが超都会で、
高層ビルやらおしゃれな人々(しかもたくさん!)やらキャブがいっぱいやら
デブがいないやらでびっくりした。
自分は相当田舎ナイズされてきたようだ。
それはそれで、シティが体に染み込むようで、楽しい。

初めてのカーネギーホールだったが、川井さんのコンサートということで
会場は95%日本人で満員御礼。
東京にいるような錯覚すら覚える。

肝心の川井氏、真っ赤なストラップドレスで登場し、
そのまま腰を振りながらタンゴを情熱的に演奏。
美しくてバイオリニストというだけで充分セクシーなのに
その上に白肌が浮き立つような赤に身を包み、
そんな官能的な動きをされたらたまりませんがな!
音楽はもちろん素晴らしいのだが、視覚の刺激が強すぎて
耳の感覚を澄ますのに時間がかかってしまった。
そのくらい、魅力的なのだ。

後半では、源氏物語をモチーフに尺八をバックに日本の伝統音楽に
ニューエイジをミックスさせたアレンジが続く。
・・・のだが、ここでも魅せられてしまう。
裾が着物のデザインになっているローブを羽織っていらっしゃるのだが
それを途中で後ろ姿になり、脱ぐ!
しかも、ソロソロと、脱ぐ!!
ひょえええー!こんなエロチックなクラシックバイオリンコンサートが存在するとは!
会場にはるばる東京から飛んできたファンが詰め掛ける
(もちろんオッサン中年男性が多い)のも充分うなずける。
繰り返すが、もちろん音楽も素晴らしい!

なんだか週刊〇〇かなんかのオッサン向けエロ評論みたいになってきたが、
最後に演奏されたホルストのジュピターにいたく感動して泣きそうになる。
コンサートのテーマ「新世界」に込められたメッセージとは
新しい音楽の世界、という意味、そして
子どもたちのための新しい世界、という意味とのことだ。
娘さんを出産されて以来、世界の貧困に苦しむ子どもたちのための
活動をされているという川井さんが、母の顔をして演奏された一曲だったと思う。

ホルストは作曲した「惑星」の中でも金星には
「希望の星、喜びの星」の意味を込めたという。
平原綾香がCDをリリースしたこの曲だが
その意味を知り、クラシックで聞くとまた全く異なった趣があった。

レセプションで、3週間前に出産し自分も母になったので
「ジュピター」にはいたく感動しましたと伝えると、
ステージ上での妖艶さはどこへやら、
ただただ優しく美しい母の顔をした川井さんが
まぁ、そうおっしゃっていただいて私も本当に嬉しいですと
素敵な笑顔を見せながらサラサラとチケットにサインをしてくださった。

感性を澄ませる瞬間、
五感を揺らすなら何でも素敵なのだけど
川井さんに視覚と聴覚、両方の感覚をフルに研ぎ澄まさせていただいた夜、
興奮から冷めぬまま寒くなってきたニューヨークを後にした。




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by akikogood | 2008-10-08 12:39 | ニューヨーク