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ハイテクアメリカ

最近、通勤バスの中が明るい。
雰囲気ではなく、実際に視野が明るい。
その光源はそこここにちらつく蛍たち。
色々な肌色の親指が小さな画面を操り、音を気にしないアメリカらしく、音質が極めて良い着信メロディーが時折静かなバス内で鳴り響く。しかもそれがなぜか90年代のギャルもびっくりなテクノ着メロだったりするから苦笑いするしかない。
つまり、そう、ついにアメリカも蛍族の国になってしまったのだ。
あっちでチカチカ、こっちでチカチカ、暗いバス車内で明るい蛍が飛び回る。

かつて、日本で電車に乗ると、親指で必死に小さな携帯のボタンを押しまくり画面を無言で眺める日本人に圧巻され、なんかニホンってコワイんだよねと大抵のガイジンたちは思ったものだった。(多分)

それが、時は経ち、2010年、ついこの間までワントーンの携帯を持って、テキストなんかしなかったアメリカ人たちの頭上にも、ようやく3G携帯が光臨した。
蛍族は私がエレベーターで、バスで、スタバでふと見渡したときにぎょっとするほど多く、
アメリカ国内で生息域を広げてきている。

AT&TからはI phone, VerizonからはDroid,
今年の末までにはVerizonにI phoneの契約がシェアされるらしいので、
これからますます3G携帯はアメリカで広がるだろう。
いやぁ、その美しいこと。
もう画面も明るくてね、サクサク動くしね、縦にしても横にしてもいいしね、どんなウェブページも見られるし、というわけで、おとといくらいまでウォークマンを使っていたローテクアメリカ人たちも、
次世代携帯の虜である。

って思っているのは本人だけで、バスで隣に座った日にゃぁ画面が美しすぎて、迷惑。
まぶしいんだよ!そんなに画面縦に横に振らんでもええやないかおっさん!と突っつきたくなる。
せめて着信だけでもバイブにしてください。
あなたのヒップホップな着信聞きたくないの、とはとても言えないおとなしい日本人の私。

よく見かけるのはIphoneアプリでNYタイムスのワードパズルしてる人たち、あとSUDOKUとか。
ああいうの見ると、アメリカ人だねぇと思う。
なんでそこまでワードパズル好き!?エレベーターの中でしたいほど好き?!

さておき、これに加えて、電子読書端末も確実にユーザー層を厚くしている。
アマゾンから出ているkindleに対抗して先日appleがIpadをリリースした。
発表当初は、pad=女性の生理ナプキンという名づけの悪さのせいで、
そのうちItamponまで発売されるのかとからかわれ、
Iphoneほどマーケットへのインパクトはないのではと懸念されていたが、
滑り出しはどうやら好調のよう。
NYCにはそこらじゅうにシンプルなI padの広告が張り出されて、
派手派手なマーケティング広告に溢れるNYCの中でも目を惹く。

携帯も、MP3プレイヤーも、あんなにハイテク度で先を行ってた日本のメーカーなのに、
どうしてガラパゴス諸島化してしまって外国ではシェアを伸ばせないのか、ちょっと残念に思う。
最近読んだ記事の中に、
日本の20代のうち40%は次世代携帯を必要だと感じないとのデータがあった。
アメリカではこんなにも若者のユーザーを増やしている次世代携帯なのに
何故日本の若者の間では人気がいまいちなのか。
それは、おそらくほとんどの携帯ユーザーが、
サービスの幅が既に十分に広い日本の携帯電話に満足しているからなのだろう。
次世代携帯は接続料や端末の単価も高いし、もう今持っている写メールも、
絵文字もかわいい携帯で十分と感じているユーザーを一定数獲得している日本の携帯電話市場には、
思うように食い込めない様子の次世代携帯合戦、今後どう変化がでるか?

とそんなこと言っている自分は、I phoneもkindleも持っていなく、ださださ携帯のままで、
日本で使っていたauの可愛くて、赤外線受信できて、パスモもできて、
時刻表調べられる携帯が無性に恋しいのだが。
早くVerizonにI phoneがこないかなぁ~
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by akikogood | 2010-04-19 20:24 | ニューヨーク

もしも願いが叶うなら

普段はその文字をヘッドラインに見ると、嫌悪感が先にたって報道の内容を読もうとしない。
テレビをつけてニュースを見ていても、その単語が出るとチャンネルを変えてしまう。

でも、大抵その事実をヘッドラインで見てしまったことは、
エクセルのセルのようにデリートできず、そのまま目の中になんとなく残るし、
同じように、アナウンサーがその単語を言ったときの険しい顔なんかが、
チャンネルを変えても残像に残っている。

「虐待」

そうやって、見なかったフリをしても、
なんだか最近はその見出しを見ないことのほうが珍しいくらいだ。
そうして、今回の事件も会社でデスクランチ中にニュースを見ていたら目の中に飛び込んできた。
見過ごそうとしても、そこに「餓死」という信じ難い単語がついていて、
強いショックで思わず内容を読んだ。

亡くなった5歳の男の子は発見当時体重が6キロだったというところまで読んで、
目の前にあるランチに全く食欲がなくなり、心臓がどきどきして息ができなくなった。

私は知っている。
6キロという数字は、健康な子どもの生後何ヶ月の基準体重か。
息子が3ヶ月のときに6キロだったことをはっきり覚えている。
私は3ヶ月の息子を、今見ると笑ってしまうくらい小さい抱っこ布(スリング)に入れて、
周りの人がにこにこする中を照れくさく、誇らしく、歩いていた。
それが、私の知っている6キロだ。
それは決して、5歳の男の子のものではない。


アメリカのここ、ニュージャージーでは親が恐れる機関がある。
その名はDYFS (Division of Youth and Family Services)。
その名を虐待をしていない親も気にするのは、
この機関が独立した幼児童・青少年の保護能力のための権力を持ち、
虐待が疑わしいとされると躊躇なく介入する能力を持っているからだ。
子どもを保護し、虐待が確認されればあっという間に
親権を奪うという一連のスキームを確立させているこの機関に、
第三者から通報されれば、とりあえず保護の名目の下、子どもは保護者から引き離される。
これと同じような児童保護機関が、アメリカには各州に存在している。

たとえば、息子の通うデイケアは、
閉園時間の7時を15分過ぎても親か代理人が迎えにこないと、
DYFSに通報することが規定となっているし、
同様の規定がどの保育施設のパンフレットにも必ず盛り込まれている。
病院や教育機関はそれぞれ独自にDYFSと提携し、
保護者の仲介がなくても虐待が疑わしいと即刻通報する。

ちょっとだけ、と5分10分家や車内に子どもを残し買い物に出かけても、
大抵の州で、子どもが12歳以下であればその行為は虐待とみなされて、
保護者は逮捕の対象となるし、幼稚園や学校では、
子どもが昨日はなかった傷をどこかにつくって登校してくると先生がしつこく、
いつどこでどのようにその傷ができたか聞いてくる。

日本でこうした痛ましい虐待の事件が起きるたびに、
行政はどうしていたのか、なぜ介入がなかったのかが問われ、
責任をたらいまわしにして結局子どもが亡くなった後の報道で、
近所の人が声を詰まらせながら泣き声を聞いただの、
何かがぶつかる音を聞いただの言っている。
なんでそんなことになるのか。
いい加減にしろっ!とショックを超えてじたばた暴れて怒りたくなる。 


農耕民族で、一つの土地にじーちゃんばーちゃんから、
昨日生まれた赤ん坊まで一緒に暮らすことが家族構成の基だった日本は、
21世紀に入り、その家族の形態がこれだけ様変わりしても、
「まず家族ありき」のコンセプトがある。
そして、その「家族」とは基本的に「血のつながった父母と子ども」
で構成されていることが大前提で、この形態を保っていれば、
それがどんな状態であろうと、それがいちばん良し、という概念から抜け出せない。

当然、子どもに恵まれないカップルやシングルの女性OR男性が
養子を引き取るようなことに対しては、まだまだ社会はオープンではないし、
日曜にふらふら町に出れば、ゲイのカップルがストローラーを押したり、
肌の色が違う子どもと母親が遊んでいるような場面に一度は出くわすような
アメリカの社会風景は大きく異なる。

晩婚化が進み、女性の初産平均年齢がどんどん上がっている今だからこそ、
日本だってもっと自由な形態の家族のかたちを受け入れれば、
もっとハッピーになれる家族が増えるんではないかと思う。
そもそもみんな日本人なんだしさ、
養子っていってもアメリカほど外見からじゃわかんないじゃん、
とか思ってしまうアメリカンな自分がいる。

それはさておき、そうやってようやく結婚した晩婚カップルが、
よーし資金の蓄えもあるし、キッチリ大人の婚活もしたからリレーションシップも安定してるし、
といざ子どもを作ろうとしてもなかなかできず、
高額の投資と、無限の肉体的、精神的苦痛を味わいながら不妊治療を行っている横で、
何故か連日報道される、幼児虐待ニュース。
どうよ、このアンビバレンス。


ところで、そもそも、大不況のイギリスから、
どうにかこうにか食いつなごうと、命からがら海を渡って、
西へ西へ富を追求しながら移動したアメリカ人は、
先祖代々の墓に入るのが人生安終の姿と思っている日本人とは
もう根本から全然家族の概念が違う。
そこに、アフリカから奴隷やら、メキシコやアジアや、
世界方々から移民が押し寄せて、
そこらじゅうでDNAのメルティングポットがぐつぐつ煮立ってるわけなので、
結婚も離婚もバンバンする。

「できちゃった婚」は日本らしい日本語だと夫が言っていたが、
アメリカにはんなもんない。
もちろん、妊娠を機に、結婚に踏み切るカップルはアメリカにもいるが、
できちゃったろうが、結婚しないほうがいいと思えば結婚せず、
そのまま出産するケースのほうが多いかもしれない。
できちゃったから結婚する、という発想は、
やっぱりそこに「父・母・子」=「家族」という方程式が強く存在している
日本らしい言葉だというわけだ。

こんなバラバラの国なので、バラバラである個人に対する権利や、
まず何があっても自分でしょ、という意識がアメリカでは普遍的だ。
よく日曜のお説教でも牧師さんが「
あなたの父や母があなたにどれだけ酷いことをしたとしてもだ!!
それはあなたには関係はないのだ!!!
まずあなたがあなたために、目覚めればよいのだ!!!」みたいなことを説いている。
家族のプレッシャーが強い割りに、日本ではあまり聞かないお説教じゃぁありませんか?

で、そのバラバラの個人のための権利は、
もちろん子どもにも適用されるからこそ、子どもの権利や、
子どもの人権といった概念がアメリカではもっと普通に、
実現されているようだ。

日米の法律と、家庭の関係について面白い概念の違いがあった。
日本では、「法は家庭に介入せず」なのに対して、
アメリカでは「法はドアの前に立ち止まらず」なのだという。
夫婦喧嘩をして、おまわりさんがやってきて、
「ま~ま~ま~ま~」とやるのが日本流で、
COPが「どちらかが相手に危害を加えたか?その傷はどうやってできたのか?」
とやるのがアメリカ流というわけだ。
DVについての反応にも同じことが言えるのだろうけど、
こうして日本では、せっかく誰かが通報しても保護者がドアを開けて
「今子どもは寝てるんで」と言えば児童保護施設や警察は介入しないケースがほとんどだという。
これまでに、強制介入した例は過去たった2件、
それも異臭がしたなどの特例だったという。
異臭がしてるって、もう手遅れもいいところではないか。


一方で、DYFSがこんなにも権力を持ったアメリカの経緯にも
勿論凄惨な虐待の事件が続出した背景がある。
特に、アメリカでは家庭内で性的暴力にあう子どもの数が日本に比較して格段に多い。
DYFSによって、命を失うかもしれないという最悪の状態は回避できたとしても、
その後、もう二度と実の親と暮らすことのできない子どもたちが辿る成長過程は
決してなだらかなものではないだろう。
家庭を破壊することはできても、
決して修繕することはできないDYFSについて批判もあるし、
家庭崩壊から来るトータルの社会コストについても議論の余地はありそうだ。

それでも、現状の日本の法律では、
ただその家に生まれたというだけで、惨い死に方をする子どもたちを救えなさすぎる。

殺人罪は「殺害する意思があった」者にだけ科されるので、
「しつけ」の一環で「殺す意思はなかった」保護者や、
「精神脆弱状態」であった保護者については、
19世紀の拷問よりも酷い方法で、我が子を死に至らしめたとしても
障害致死罪か何かが科されるのがほとんどのケースだという。
親しか身を守ってあげる人はいないのに、親が殺しちゃ、本当に誰もいない。


何もできないので、見つけたオンライン署名に署名をしてみた。
効果があるのかは分からないけど、何かせずにはいられない気持ち。
http://www.maylibridshope.syarasoujyu.com/
もう、本当に、本当に、こんな事件が少しでもなくなりますように。
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by akikogood | 2010-04-13 12:44