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ゆりかごの唄

平日は、夫が他州に出張に行っていて息子と二人で朝、夜を迎える生活にも慣れてきた。

今日いつものように会社から帰ってきて、どたばたと夜ごはん、お風呂、本読みを終えて
寝かしつけのとき、なんとなく息子が生まれたすぐ後に、
日本から母が送ってくれた日本の童謡のCDを久しぶりに流した。

このCDはそのジャケットからして結構レトロ感が漂う、なんとなく全体的にもの哀しいかんじがする
古典的日本の童謡集で、「月の砂漠」や「てるてる坊主」、「七つの子」なんかが入っている。
しかも、インドネシアルピアでRP45,000とのジャカルタの某デパートの値札シールがついている。


自分も親になって2年が経ったし、つい最近また一つ年を重ねた。

親の辿ってきた軌跡や、そこでの苦労やお父さん、お母さんとしてではなくて
彼、彼女として思った気持ちや、我慢してきたことなんかが、ずっと分かるようになって
そんなことも知らず、よくも自分はここまで年を重ねてきたもんだと思う。


息子は日に日に大きくなり、お腹にいた頃から私がずっと話しかけていた日本語は
あまり話せず、デイケアで先生たちから話しかけてもらう英語での語彙力が
毎日少しずつ伸びている。
覚悟はしていたけれど、実際目の当たりにすると、結構寂しい。

それでも、産まれたときから歌ってあげている「ゆりかごの唄」を
毎晩聞きたがって、眠くなると「ねんね ねんね」と歌って欲しいとせがむ。

それで、このちょっと古くさいCDから流れてくるもの哀しいけれど
懐かしい女性の歌声と一緒に、ねんねこ ねんねこ ねんねこよ と歌ってあげていると
知らないうちに困るほど泣けてきて、眠りに落ちそうな息子を起こさないように泣いた。

まだ赤土の上をヤギが走り回り、雨上がりの巨大な水溜りの中を子どもたちが裸で遊んでいた
1980年代後半のインドネシアで私たちを育てた若かった両親のことや、
ジャカルタのデパートで、このCDを見つけて思わず手に取った母の気持ち、
2年前に生まれたときの小さな小さな新生児の息子の姿や
今日、デイケアから帰ってきて、抱っこしてと甘えてきた表情、
ぜんぶが子守唄に重なって、涙が止まらず、もう眠ってしまった息子の横顔を見つめて
小さい指を握りながら、しばらく泣いていた。

家の近くにある駅からは電車が、汽車のような汽笛を鳴らして走ってゆくのが聞こえて
日本や、幼かった自分を守ってくれた両親や、小さかった頃のやわらかい自分の記憶が
恐ろしく遠くに感じられて、守るものを前に、異国で、もっと強くならないといけないと思った。
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by akikogood | 2010-10-06 10:04

再会の夏

この夏は、とにかく突然、四方八方から人が会いに来てくれる季節だった。

8月半ばに家族がまた日本からやって来てくれたことを筆頭に、
新卒で入った邦銀の上司が、転職した先のシンガポールから、
毎週何通もメールが行き来するくせに、3年も会えていなかった親友が東京から、
5週間前に産まれたばかりのベイビーを連れてDCから友達一家が、
すっかり大きくなったお嬢ちゃんを連れて、NYCから先輩ご夫妻が、
ジャカルタの中学校時代からの友達のお母さまがNYC観光に・・・

ざっと挙げてみただけで、遠くはシンガポール、近くはマンハッタンから
みんな一斉に、突然会いに来てくれたのだ。

こんなことって、あるんだな。

こうやって、久しぶりに再会ができるのは、きっと神様がこれまで頑張ったご褒美をくれているに違いない。

それぞれから、また思いもかけないような嬉しい励ましやお褒めの言葉をもらったりして
久しぶりに会った人にそんなこと言われると、余計嬉しくなる。
頑張った甲斐がちょっとはあったかなと思える。

会えなかった時間は、伸びた髪の毛や、上がった年齢に求められる社会からの期待や
子どもが出来て変わった立場なんかに反映されてはいるけど、
基本は変わらないよね、と認め合える。
結婚も知らず、仕事さえも知らず、ましてや親になってからのことなんて考えもしなかった頃の自分を
知っていてくれる人にここでの自分の立ち位置を見てもらうのは、ちょっと勇気が要る。
あの頃に比べて、自分はどう映るかな?どんな表情をしてるかな?どんな雰囲気なのかな?
でも、やっぱりあっこはあっこだよ、といとも簡単に過去と現在の橋をスッと渡って
今の私の隣に立ってくれる友達の存在は本当に尊い。

会いに来てくれてありがとう。

そして、次の再会をすぐに!
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by akikogood | 2010-10-01 11:26 | 大切な人